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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)70106号 判決

原告 坂井清

被告 有限会社ユーバー歯研

右代表者代表取締役 佐藤寛

被告 佐藤寛

右被告ら訴訟代理人弁護士 秋山邦夫

主文

原告と被告らとの間の東京地方裁判所昭和六一年手ワ第二〇二一号小切手金請求事件について同裁判所が昭和六二年二月二五日言い渡した小切手判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

一  請求原因について

(1)  請求原因1、2及び4記載の事実は当事者間に争いがない。

(2)  本件小切手(2)及び(3)の被告佐藤の印影が同被告の印章によって顕出されたものであることは当事者間に争いがないから、被告佐藤が右各小切手を振り出したものと推定することができ、かつ、右推定を覆すにたりる立証はないので、請求原因3記載の事実を認定することができる。

二  抗弁1について

乙第二号証及び証人小松原ハル及び同佐藤美矢子(第一回)の証言によれば、ハルは昭和五九年九月ころまでの間に被告会社の経理事務を担当していた佐藤美矢子(以下「美矢子」という。)を介して被告会社に対し一〇〇〇万円を貸し付け、うち九〇〇万円が未回収であったところ、昭和六一年一一月初めころ、被告らがハルに対して前記九〇〇万円の貸金は過払い利息の元本組入れにより消滅した旨主張してその返済を明確に拒絶したので、ハルは本件小切手の振出日を昭和六一年一一月二〇日と補充したうえこれを原告に譲渡し、右譲渡の事実を同年一二月三日付けの内容証明郵便で美矢子に通知したことが認められる(昭和五九年六、七月ころ原告に本件小切手を譲渡したとのハルの証言は、原告が昭和六一年一二月に至るまで全く被告らに本件小切手金を請求していない事実に照らし、信用できない。)。

しかしながら、前掲各証拠及び証人中野成雄の証言並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五九年五月ころ被告会社は倒産寸前の状態であり、その時期に被告会社がハルに借金を申し入れることは十分に考えられること及び前記未回収金九〇〇万円のうちハルが奈良こと中野成雄から借り入れて調達した金額は一〇〇万円にすぎないことも認めることができ、右各事情に照らすと、昭和五九年五月にハルが原告から三〇〇万円を借り入れ、これを被告会社に貸し付けたとの原告の反論を否定するに足りる証拠はないというべきである。

そして、原告がハルに対して貸付資金を融通した事実を否定できない以上、小切手の譲渡時期に関する前記事実から、直ちに抗弁1記載の事実を推認することはできないというべきであって、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

よって、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2について

≪証拠≫、証人小松原ハル及び同佐藤美矢子(第一、二回)の証言によれば、美矢子は、昭和六一年七月二六日に被告がハルに対し一七三一万円の利息を支払った旨の書面(以下「利息支払明細書」という。)を示し、ハルは利息支払明細書に「金額領収致ました」との文言を記載し署名していること及びハルが美矢子から少なくとも総額三〇〇万円程度の金を受領していることが認められるけれども、一方において、利息支払明細書の記載内容が真実であるとすると被告会社は昭和五七年一二月から同五八年三月まで毎月四八万円、同年四月から同五九年一〇月まで毎月五四万円の金額をハルに対し利息として支払っていることになるところ、被告会社は店舗の新築等の過大な設備投資のため昭和五九年七月に倒産しているのであって、右のような金額の利息を支払う能力が当時の被告会社、被告佐藤及び美矢子にあったとは考えられないこと、ハルは、利息支払明細書に署名するにあたり、昭和六〇年から六一年にかけて美矢子から毎月二万円ないし五万円を受け取ったことは明確に認めているものの、その余の利息支払いについては必ずしも一貫して認めているわけではなく、かえって「どれが毎月毎月三〇万ずつ私にくれたかね」などと、多額の利息の支払いが毎月あったことを否定する発言も随所にみられること、美矢子は昭和六一年七月二六日に至って初めて利息支払明細書記載の多額の利息を支払っている旨の主張をしているが、被告会社倒産当時は九〇〇万円の支払義務を認め、ハル及びその夫である小松原栄治に対しその旨の借用証書を差し入れていることの各事情も認められるのであって、右各事情に照らすと、利息支払明細書の記載内容及び美矢子の証言は直ちに信用できず、他に抗弁2(1)③の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、抗弁2は理由がない。

四  抗弁3について

1  抗弁3(1)記載の事実のうち、被告佐藤小切手が振出日白地で振り出されたこと及び右振出日が昭和六一年一一月ころ補充されたことは当事者間に争いがなく、また、抗弁3(2)記載の事実も当事者間に争いがない。

2  ハルが被告佐藤小切手の振出日を補充したことは、前記二で既に認定したとおりである。

3  乙第二号証によれば、ハルが指名債権譲渡の方法で原告に譲渡したのは本件小切手ではなく、本件小切手の原因債権であることが明らかであるから、抗弁3(3)①記載の事実は認められない。

4  ≪証拠≫、証人小松原ハル及び同佐藤美矢子(第一、二回)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告佐藤小切手の振出地は「東京都足立区綾瀬五丁目一七番一九号」と記載されており、右住所の表示は昭和五七年末まで使用されていたこと、被告佐藤小切手の小切手番号は「109956」及び「109957」であるが、被告佐藤小切手の支払人である株式会社茨城相互銀行綾瀬支店の昭和五四年五月ないし同五八年一月までの当座預金元帳の記載上、被告佐藤小切手は昭和五四年当時使用されていた小切手帳を使用して振り出されたものと推認できること及びハルは昭和五四年に美矢子から受領した小切手について「佐藤寛さんの小切手」である旨証言していることの諸事実が認められ、右諸事実によれば、被告佐藤小切手は、昭和五四年ころ振り出されたものであると認めるのが相当である(もっとも、美矢子は、昭和五四年にハルに交付した小切手は被告会社振出のものであり、被告佐藤小切手を交付した時期は昭和五七年五月であると証言しているが、一方において美矢子は昭和五七年五月にハルから借り入れた金額が一〇〇万円である旨証言しており、被告佐藤小切手の総額が二〇〇万円であることを考えると右証言はそれ自体矛盾しており信用できない。)。

そして、ハルが被告佐藤小切手に振出日を補充した時期が昭和六一年一一月ころであることは前記認定のとおりであるから、振出日白地の小切手について白地補充権が振出の日から五年で時効により消滅するとすれば、ハルの右補充は補充権消滅後になされたものであって不当補充であるということになる。

5  しかしながら、小切手の白地補充権が時効消滅したとしても、その事実は小切手の第三取得者にとって通常知りえないことであり、また、そもそも白地補充権は、小切手要件未補充の小切手が取引社会において有効なものとして流通しているという現実に照らし、そのような小切手を単なる未完成の小切手と区別するために商慣習上認められた権利にすぎないのであるから、白地補充権の時効消滅を小切手の本体的効力である小切手金請求権の時効消滅と同様に物的抗弁であると解するのは相当でなく、白地補充権の時効消滅後に白地の補充がなされた小切手については小切手法一三条が類推適用されるというべきである。

そして、原告がハルから被告佐藤小切手を指名債権譲渡の方法により譲り受けたものでないことは既に認定したとおりであるから、本件において被告佐藤が右白地補充権の消滅時効の効力を原告に主張するためには、原告が被告佐藤小切手を取得した際、少なくともその振出時期について悪意または重過失であることが必要であるといわなければならないところ、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、被告佐藤小切手の記載上直ちにその振出時期を特定することはできないこと、小切手番号による振出時期の特定は当座預金元帳と対照してはじめて可能であること及び前記二で認定したとおり、原告は被告佐藤小切手を昭和六一年一一月ころハルから譲り受けたのであり、それ以前に被告佐藤小切手を現認した事実はないことに照らすと、原告が被告佐藤小切手の振出時期につき悪意または重過失といえないことは明らかである。

よって、抗弁3(3)②の事実を認めることはできない。

6  以上のとおりであって、その余について判断するまでもなく抗弁3は理由がない。

五  以上の事実によれば、本訴請求は理由があるとして認容すべきであるから、これと符合する主文掲記の小切手判決を認可することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山之内紀行)

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